コンビ名中川兄弟時代
コンビ名中川兄弟時代
「中川家」について
1997年、「お笑いに新しい風を吹き込むため」と称し、2丁目劇場で漫才禁止令が出された。「漫才出来んのやったら舞台に立つ意味ない」と思った2人と、海原やすよ・ともこは、所属劇場がなくなることを顧みず、2丁目劇場卒業を選択。デビューから5-6年経ちレギュラー番組も増えてきた頃、剛がパニック障害を患った。人ごみに入ると呼吸を忘れてしまう剛のため、発病当時の新幹線移動では1駅ごとに礼二が剛を下車させ呼吸をさせていた。漫才中に剛の意識が飛んでしまい、礼二は1人漫談状態で漫才を続けた。
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